幸せな自立死(中)ジャーナリスト・矢部武 家族のために1人で暮らす

2012年04月04日産経新聞

――米国で1人暮らしをしている高齢者は、どんな生活を送っているのですか

矢部 米国は1人暮らしを前提にした社会。どう死ぬかより、最期の瞬間までいかに自分らしく生きるかに全力を注いでいるようなところがあります。だからこそ、自ら1人暮らしを選ぶ。(他人に)いろいろ言われてストレスをためたくないし、必要な支援は自分で決めたがります。家族も本人の意思を尊重し、近くに住んでいてもプライバシーを守る。そのためには、それを可能にするシステムが必要です。
――例えばどんな支援を受けられますか

矢部 いいなと思ったのはシニアセンター。65歳以上の高齢者に頭と体を使うさまざまなクラス(講習)を提供する施設で、各自治体が政府から助成金を得て運営しています。私が取材したカリフォルニア州バークリーの施設では、ダンス、カラオケ、自叙伝の書き方、俳句などのクラスがありました。これが、地域の人が歩いて来られる距離にあります。1人暮らしの孤立を防ぐだけでなく、自立を促すんですね。可能な限りぎりぎりまで1人暮らしをしてもらう。自治体の無料在宅支援サービス(IHSS)も、その方針でやっています。

――IHSSとは?

矢部 体が不自由な人のために、掃除、洗濯、買い物、トイレや入浴の補助などをしてくれます。料理ができなければ食事を持ってきてくれるとか。支援の内容はその人の必要や状況に応じて選べます。ただ、公的なサービスで年収の多い人は受けられませんから、民間の有料サービスを使う人もいます。

――家族との同居は望んでいないのですか

矢部 高齢者専用アパートで会った70代の女性は、脳卒中の後遺症で左半身がまひしていましたが、それでも家事などの支援を受けながら元気に1人暮らしをしていました。退院後の1年半ぐらいは息子夫婦と暮らして快適な生活を送ったそうですが、「自分に何ができて何ができないかを自分で判断したい」と移ってきたんだそうです。

――自立心が強い

矢部 米国は個人主義で冷たいというイメージもあるようですが、米国人は個人を重要視する一方で家族をとても大切にしています。家族を大切に思うからこそ、自立するのです。車いすの人、目が見えない人、手術後でほとんど寝たきりの人も、必要な支援を受けて1人暮らしをしています。それを可能にするシステムがあるからできることです。

――著書で、80代の女性が「親として子供には『自分のことは自分でしなさい』と自立を教えてきた。息子は家庭を持って自立し、嫁も忙しい。それ以上のこと(親の面倒をみること)をするように求めるのは気が進まない」と言っていたのが印象的でした

矢部 自立力と支援力の両方が必要だと思うんですよね。自立力には自分の意識の問題もあります。だから、自分の意識改革も必要。日本の孤立死報道では「他人の世話になりたくない」と言った人もいたそうですが、それはものすごい勘違いだと思うんです。それでは結局、自分や家族を追い詰めることになる。自立っていうのは、国とか他人の世話にならずに生きていくことではないんですよ。そうなるまで働いて税金を納めているのだし、堂々と支援を受けるべきだと思います。(豊田真由美)