幸せな自立死(上)ジャーナリスト・矢部武 死はひとりで臨むもの

2012年04月03日産経新聞

 東日本大震災で「絆」や支え合う心が見直された1年だったが、「無縁社会」は解消されたわけではない。雇用の不安定化や生涯未婚率の上昇などで、最近は「孤独死」という言葉がクローズアップされている。しかし、高齢者の単身生活でひとりで死んでいくことは、もれなく不幸なのだろうか? 孤独でも孤立でもない「自立死」の提唱者に会った。(豊田真由美)

 ――新著「ひとりで死んでも孤独じゃない『自立死』先進国アメリカ」(新潮新書)の出版から数カ月。反響はいかがですか

矢部 60、70代の女性からの反応が多いです。今は夫婦で暮らしている人も、どちらかは一方をみとった後に死を迎えることになるでしょう? 1人暮らしの方も夫婦でお住まいの方も「1人で死んだとしても孤独死なんて言われたくない」「『自立死』という言葉がすごくいい」と喜んでくださっています。「この本を高齢者のバイブルにしたい」という90代と80代の姉妹もいましたよ。

 ――今年に入って、孤独死の報道が相次いでいます。元タレント、山口美江さん(享年51)が「孤独死」と報道されたときは、「年齢や状況はそれぞれ違うのに、自宅で亡くなった単身者はみな『孤独死』と哀れまれるのか」と疑問の声も上がりました

矢部 「孤独死は悲惨で悲しい」というイメージが強いですが、そればかりではないと思います。死はしょせん、ひとりで臨むもの。問題は、何の支援も受けられずに孤立して、精神的にも経済的にも追い詰められ、亡くなった後、何週間も何カ月も遺体を発見してもらえないことです。

 ――日本の孤独死の状況について、米国ではどんな反応がありましたか

矢部 驚いていました。高齢者を大切にする文化がある日本で、遺体が何週間も見つからないということが信じられないようでしたね。独居者専用住宅で働くソーシャルワーカーは「悪夢中の悪夢。最悪だ」と言っていました。

 ――米国でも1人暮らしの人は多いですね

矢部 米国では高齢者も子供の世話にならず自立して生きています。自由・自立をものすごく大事にしているんですね。単身者が増えていることは共通しているし、米国も1人で亡くなる人が多いのに、この違いは何なんだろうと思って取材を始めたんです。

 ――何かきっかけがあったのですか

矢部 3年前に母親が亡くなりましてね。生前は会いに行くたび「勝手に離婚しちゃって。老後はどうするの」と言われていました。私には姉と兄がいるんですが、「2人だけには迷惑をかけるな」って言われていたんですね。それで、母親が亡くなってからいろいろ考えて、「遺言のようなものだし何とかしようかな」と思ったのがきっかけです。

――その後、どんなことをされたのですか

矢部 いま1人暮らしですから、日本の葬儀会社に頼んで、自分の葬儀などをアレンジしてもらう手配をしました。海での散骨を望んでいるので、日本で死んだら相模湾で、米国で死んだらサンフランシスコでまいてもらうことになっています。そういったことを数十万円でやってくれるところを探したんです。それらを母親の一回忌までに済ませて、予約金も払いました。

 ――お姉さんとお兄さんはご存じなんですか

矢部 一回忌で集まったときに話しました。唖然(あぜん)とした反応と無言の反応と、両方ありましたね(笑)。ただ、親と違って姉にも兄にも無条件のお世話にはなれませんから。死後すぐに発見されるようにしておけば、あとは生きることに全力を注げます。

 ■矢部武(やべ・たけし) 昭和29年、埼玉県生まれ。58歳。米アームストロング大学大学院修士課程修了。PR会社勤務などをへてフリージャーナリストになり、日本と米国を行き来しながら雇用やテロ問題などを取材。著書に「少年犯罪と闘うアメリカ」「アメリカ病」など