「孤独死」を他人事とは思えない!
引きこもる家族が直面する壮絶な生活苦
2012年03月29日ダイヤモンド・オンライン
孤独な晩年を過ごした作家の永井荷風は、引きこもりがちだった自宅の畳の上で、ひっそり亡くなっているところを発見されたという。
永井は晩年、自宅を訪ねてくる人に「本人はいません」などと門前払いしていたというエピソードも残されているが、まさに、周囲が気づかないまま亡くなる「孤立死」の先駆者だったともいえる。
東京・立川市や横浜市、さいたま市、さらに最近では原発の旧避難準備区域だった福島県南相馬市でも、「孤立死」が相次いで見つかった。
しかし、永井のように孤独のまま放っておいてほしいという人もいる一方で、「死にたくない」「生活ができない」「どこに相談すればいいのかわからない」と、助けを求めている人たちの声は切実だ。
「孤独死」は自分と家族の未来か 40代、引きこもり男性の葛藤
「孤立死は、他人事とは思えない」
こう明かすのは、ある地方都市の実家で、両親と3人暮らしをしている40歳代のAさん。
一時、豊かな山の自然を切り開いて、宅地開発が進められたこの地域でも、いまは所々に空き家や空き地が広がる。駅前の商店街も歯が抜けたようにシャッター通りと化していて、かつての活気は見られない。
Aさんは大学を卒業後、都会で会社員生活を送っていた。ところが、遊んでいるわけでもないのに、勤務中にウトウトと眠くなる日々が続き、ついに体調を崩して退職。バブル崩壊後の雇用環境の悪化によって、その後の再就職もうまく行かず、やがてこの故郷の実家に戻った。
気づいてみたら、社会とのつながりもすべて喪失。以来、近隣の目が気になるようになり、10数年にわたって、引きこもり状態に陥っていた。
地方の町には、なかなか仕事がない。
この2ヵ月の間にも、Aさんはアルバイトの求人に3件応募した。
その中に、観光施設で飼育する動物の世話や清掃などを行うアルバイトがあった。
元々、動物の好きな優しいAさん。実家でもずっと動物を飼ってきて、いまも猫と一緒に暮らしている。
「年齢制限もなかったし。僕にとって、いちばんできそうな仕事だと思っていたんですけど…」
しかし、面接に行く前の書類選考で落とされた。
「これでダメだったら、もうキツイのかなって…」
他の2件については、不採用の返事すら来なかった。
「このままでは、家族と共倒れになる。そうなると、テレビでよくやっている“孤立死”が、現実に僕の家族の未来の姿に重なって見えてきて、何とかしなきゃいけないって、ますますあせるんです」
一家の収入は母の年金8万のみ そして今、キャッシング地獄へ…
家庭の収入は現在、唯一、母親の年金のみで、月に8万円ほどだ。
しかし、母親は、3枚のクレジットカードからのキャッシングの返済のため、ここ何日も、次のカードの支払いに追われている状態。支払日に払えなければ、どんどん利子が増えるだけでなく、カード会社の信用情報も悪くなる。
Aさんの母親は、こう説明する。
「2年くらい前までは、キャッシングの限度額が3枚とも数十万円ずつありました。枠いっぱいに借りれば、3枚で百数十万円借りられたのです。ところが、貸金法の改正によって、融資の限度額が年間収入の3分の1までに制限がついたんです」
父親はすでに、カードで事故を起こし、借りられない状態にあった。
大手企業に勤めていた父親は、退職金を先物取引に注ぎ込んだあげく、多大な借金を背負いこんでしまったのだという。
Aさんの一家は、数年前まで暮らしていた自宅の土地を売却。そのときの貯金を切り崩して、生活してきた。つまり、カードでキャッシングすることもなかったのである。
ところが、生きていくために必要な生活費が二進も三進もいかなくなり始めたのは、2011年に入ってからのこと。
「カードを使い始めたときは、カード会社も把握できなかったのか、限度額を超えて借りてしまったんです。その後、限度額を超えているとのお知らせが次々に来て、一斉に融資可能額がゼロになってしまいました。いまは、3枚のリボ払い分を返済するだけで、ひいひい状態です。私は国民年金なので、年収はせいぜい90万円。そこから容赦なく健康保険や介護保険料、光熱費なども取られて…。私も、もうくたびれました」
現在、現金は家にまったくない。食料や生活のための最低限の買い物は、カードが使える店でショッピング。綱渡りのような生活を続けている。
それでも、母親は息子をこう思いやる。
「家を出て、当面の生活ができるようになるまで、どうしたらいいのか。どなたかに現状を知ってもらわないと、不安で仕方がないんだと思います。お金を工面してくれとか、そういうことではないんです。私にも息子にも、そんな気持ちは一切ないんです。でも、どなたに相談すればいいのか…」
苦労をかけた母親のために自立したい そんな気持ちを裏切る「40歳の壁」
すでに40歳を超えるAさんの場合、国が定める支援のセーフティーネットから外れている。
近くの公的機関のサポートセンターにも相談に行った。
「いちばんの悩みは、お金がないことなんです」
Aさんが、自立するためのノウハウをそう聞くと、
「それは仕事を見つけて、働かないと、ダメですね」
と返され、ああ、言わなければ良かったと思った。
「そこまでしか行かない電車みたいなものだ」
終着駅から先は元々、線路がないんだから、仕方がないと、Aさんは自分の中で処理している。
「うちが経済的に破たんしてしまったのは、僕と父親のせいなんです」
と、Aさんはいう。
「母は一生懸命、生活費をやりくりして、家を守ってきました。それを僕と父が食いつぶしてきてしまったんです」
Aさんが都会へ仕事を探しに行きたくても、その交通費さえままならない。
「僕が家を出るだけでも、相当な生活費が浮きます。そういうやり方しか、いまの僕にはできない。それに、僕自身、物心ついたころから、父親を『父親』だと思ったことは一度もありません。そういう意味でも、一緒に暮らしていれば、気持ちもすさんでいきます」
家族3人は現在、古ぼけた民家を借りている。Aさんは、その家の3畳間に暮らしている。
この地域では、近所付き合いがほとんどない。隣の住宅まで適度に離れている。
「家の中にまったく逃げ場がありません。僕も、事件の被疑者になるのではと思ったことが何度もあるんです」
だから、Aさんは狭くても1人で生活できるような住居を探しているという。
「精神的にも相当参っています。でも、家の中で、そういう話をするわけにもいかない。お金がないという話をこうやって外部にお話しするのも、家族は嫌がるんです」
☆相談できるのは遠くの他人だけ さらなる孤立にあせる当事者たち
ここまで追いつめられている状況で、この期に及んでもなお、恥ずかしがるのは、別にAさんの家族だけの話ではない。
地方へ行くほど、「家の恥」だと思い込んで隠し続ける。困ったことがあっても、なかなか周囲に「助けて」と言えない。わざわざ知らない町へ出かけていって見知らぬ相手に相談したり、遠い町の相談機関に電話したりすることは、日本ではよくあることだ。
「うちには固定電話がない。クレジットカードが止められたら、携帯もつながらなくなり、池上さんとも連絡がとれなくなる。携帯がなくなってしまうと、周囲からますます孤立する。だから、あせっているんです」
生活保護を申請しようにも、年金暮らしの親と同居している限り、難しいらしい。Aさんが独立して、住所がなければ、申請することができないというのである。
このように、長期にわたる引きこもり状態によって、これからどのように生活していけばいいのか。途方に暮れているのは、Aさんの家族だけではない。
前回の連載でも触れたように、制度の谷間にこぼれ落ちた人たちのセーフティーネットをどう構築していくべきなのか。本当に助けを求めている弱者に、余裕のある人たちが、いかに手を差し伸べたり、支えたりできるかどうかが、いま問われている。