膨らむ シングル経済(中)宅配、高齢者の見守り役

2011年08月02日 日経新聞

 東京都の多摩ニュータウンに住む塩野百合子(91)は週2回、牛乳宅配員の女性が自宅を訪ねてくる日が待ち遠しい。耳が遠くやり取りは筆談だが、慣れた2人の“会話”はスムーズだ。一人暮らしで人と話す機会が少ない塩野は「暑いね」「また来るよ」といった他愛のないやり取りがありがたいと感じている。

商品手渡し


 宅配牛乳は早朝、玄関先に置かれた箱に入れるのが一般的。だが、サービスを手掛けるミルズ(新潟県長岡市)の宅配員は日中に顧客宅を訪れ、商品を手渡しする。要望を直接聞き、コメや日用品も届ける「ご用聞き」とともに顔を合わせることで、高齢の顧客の「見守り」役も担う。

 2000年に新潟県で牛乳宅配を始めた同社は徐々にエリアを拡大し、今や1都6県に約3万2千人の顧客を抱える。その8割は65歳以上の高齢者で、独居も多い。社長の林征司(44)は「自宅に商品が届く便利さと安心から高齢者の利用が増えている」と話す。

 10年の国勢調査によると、独居高齢者は457万7千人と30年前の5倍超。高齢者全体に占める割合は1995年の12.1%から10年は15.6%に増えた。地域とのつながりが薄い都市部では誰にもみとられず亡くなる「孤独死」も増加。このため高齢者の孤立を防ぐ安全網として民間サービスが広がってきた。

 横浜市内に約12万件の宅配客を持つ生活協同組合のコープかながわ(横浜市)は8月1日、同市内の組合員を対象に高齢者の見守りサービスを始めた。週1回、宅配員が商品を届けた際、病気やケガで倒れていたり、届けた商品が放置されていたりといった異常を見つけた場合、市の施設に通報する。訪問時に倒れていた高齢者を発見するケースが年数件あったことがきっかけとなった。

 安否確認サービスでは東京ガスやセコムが手がけているほか、米ゼネラル・エレクトリック(GE)も参入する方針。三菱総合研究所の試算では高齢者向けの生活関連サービス市場は30年に9兆円と10年比5割伸びる。もちろん高齢者を支える社会保障の肩代わりにはならないが、不安を和らげる効果は期待できる。

学生と同居


 宅配便大手のヤマトホールディングスは20都府県の中小スーパーと組み、食品などを宅配するサービスを手掛ける。日常の食品や日用品の買い物に困る「買い物弱者」への対応だ。店から最大30キロメートル離れた場所にも届ける。現在、東日本大震災の影響で福島県などでは休止中だが、買い物弱者の数は約600万人ともいわれ全国展開を急ぐ。

 「大震災が発生した3月11日は早く帰ってきてくれて心強かった」。真鍋瑞穂(67)は今春、東京都世田谷区の自宅の2階を女子学生2人に貸し、同居生活を始めた。

 子どもが結婚して同居していた母が亡くなり、1人では持て余していた2階建ての1軒家。学生は閑静な住宅地の部屋を比較的安く借りることができ、両者のニーズが合致した住まい方だ。

 仲介した特定非営利活動法人(NPO法人)、ハートウォーミング・ハウス(東京・世田谷)の代表の園原一代(57)は「人の気配を感じながら暮らすことは、高齢者に安心をもたらす」と話す。08年の住宅・土地統計調査によると、全国の空き家率は13.1%。03年調査に比べて約100万戸の空き家が増えた。空き家が増えると、地域がすさみ、高齢者の孤立につながるため、こうした仲介も必要となる。

 だが、企業やNPOだけでは限界がある。国立社会保障・人口問題研究所は30年の独居高齢者は720万人と10年比で5割強増えると予測する。誰が高齢者を守るのか。三菱総研プラチナ社会研究センター主任研究員の松田智生(44)は「社会不安を抑え、経済活力を高めるためにも官民挙げた仕組みづくりが急務」と力説する。