カギ握る地域力の活用/静岡

2011年03月10日 朝日新聞

1月5日夜、富士宮市内で認知症の女性(83)の行方がわからなくなった。自宅から1キロほど離れた神社に、日課とする掃除に出かけたまま、戻ってこなかった。

 女性は多い日で1日4回、神社に歩いて通っていた。母一人子一人で暮らす息子は、仕事で不在の間に、母が出歩いていることが心配だった。神社までの道沿いの民家や商店を一軒一軒訪ね、日頃から気にかけてもらえるよう頼んであった。

 「首に白いタオル、茶色の割烹着(かっぽうぎ)を着ていた」「午後5時ごろ、家の前を通った」……。必死で行方を捜す息子のもとに、次々と情報が集まった。行方を捜し始めて4時間後、自宅から4キロ離れた場所で道に迷っていた女性が見つかった。地域の「見守り力」が、女性を無事息子のもとに帰した。


 高齢化のスピードは予想を超えている。県内の65歳以上の人口割合を示す高齢化率は23%で、過去10年間で5.8ポイント上昇。県内に197ある特別養護老人ホームは、約1万4千人の総定員に対し、入所待ちは1万人を超え、県内すべての自治体が待機者を抱えている。

 この1年で、県内には新たに2施設ができたが「施設を造っても高齢化のスピードに追いつかない」(県長寿政策局)。そこで、国や自治体が注目するのが地域の力だ。

 認知症を理解した人を増やし、社会全体で支えようと、厚生労働省が2005年度から始めた「認知症サポーター制度」。1時間半の養成講座を受けるだけでよく、県内にも約7万人のサポーターがいる。ところが、役割が不明確で「講座を終えたらそれっきり」というケースも目立つ。


 市内約6千人のサポーターを活性化させようと動き出したのが富士宮市だ。まず地域や学校、職場単位で企画会議を開くよう促した。すると、「何ができるか」を自分たちで明確にすることで、活動が具体的に広がり始めた。

 富士宮駅前通り商店街では、「高齢者の客が多い地元商店街の特質を生かしたい」と、女性たちが月1度開く市場に介護コーナーを設けた。テントに血圧や骨密度の測定器を並べ、高齢者の悩み相談にも乗る。ほかにも若年性認知症患者のボランティア参加を支援したり、地域レクリエーションを開いたりするなどの取り組みが始まっている。

 他の自治体でも地域力を生かし始めている。掛川市は、高齢者宅に専用機器を設置してSOSを地域住民に伝える「高齢者緊急通報システム」を構築。新聞販売所や保険外交員が高齢者宅の異変などを見守る「地域見守りネットワーク事業」を始めた磐田市では今年2月、新聞がたまっていることに気づいた配達員の通報で、室内で高齢者が倒れているのが見つかった。

 「埋もれた力をどれだけ掘り出し、生かすことができるかが、これからの福祉を左右する」。富士宮市の担当職員はそう話す。