親孝行請けます 「孤族の国」家族代行-1

2011年01月26日 朝日新聞

倉庫にいくつもの衣装ケースが積み重なっている。名古屋市の鳴子団地の一角にあるNPO法人「権利擁護支援ぷらっとほーむ」。老人ホームで暮らす会員から預かった私物が保管されている。

 親に買ってもらったドイツ製バイオリン、セピア色の結婚写真――。捨てられぬ人生の証し。でも、後に託すべき人がいない。そんな品々だ。

 その中に、布にくるまれた小さな位牌(いはい)が一つ。

 昭和27年2月 ○恵 2歳

 昭和24年4月 ○義 2歳

 刻まれているのは、幼くして亡くした我が子2人の名前だ。老人保健施設で暮らす女性(88)が「自分が死んだら棺(ひつぎ)に入れて」と預けた。

 車いすの入居者がテレビに見入る、施設の談話室。窓の外を見つめながら、女性が重い口を開いた。「栄養失調がもとで死んだ、2人とも。葬式費用もなくて」

 働かない夫から逃れ、33歳から1人で生きてきた。ほかに2人の子がいるが、ずっと音信不通だ。「もう他人」とあきらめている。

 ぷらっとほーむは、この女性の身元引受人だ。金銭管理や役所での手続きなどの委任契約を結んでいる。時折訪問して励まし、生活を支える。

 理事の篠田忠昭さん(80)が創立メンバー。原点には、民生委員として地域を支えた30年の経験がある。

 保証人を頼まれる。通帳を預かって、と頼まれる。孤独死も2人経験した。一人暮らしの高齢者を同時に24人、担当していた時期もある。「個人でハンコをついていたら責任を負いきれない」と痛感、会の設立を呼びかけた。

 昨年は元日未明から、会員の遺体を病院で引き取った。「もし活動をやめたら、この人たちはどうなるのか」

 「ミタさんのご家族の方、診察室にお願いしまーす」

 昨年末、名古屋市の総合病院の待合室に看護師の声が響いた。白内障の治療を受ける三田富子さん(91)の家族に呼び出しがかかった。

 「はいっ」と勢いよく腰を上げた女性を、まわりは実の娘と思ったかも知れない。女性は、NPO法人「きずなの会」の生活支援課長、木村恵美子さん(64)。全国に約40人いる支援員のひとりだ。

 三田さんが5年前、腰の骨を折る大ケガで車いす生活になった時も、木村さんが施設探しや身の回りの世話に奔走してくれた。この日は車で病院に連れてきてもらった。

 夫とは20年以上前に死別。子はなく、同居の義妹も亡くなって独りになった。今は特別養護老人ホームの個室で暮らす。「天涯孤独だけど、私は運が良かった。100歳まで生きたい」

 昨年の大みそか。老人ホームに入居していた男性会員(73)が急性心不全で亡くなった。「危篤」の報を受けたきずなの会から支援員が駆けつけた。

 午後2時17分、死亡確認。会が死亡診断書を預かり、葬儀を手配した。喪主にもなり、火葬場で骨も拾った。

 「瞳孔は開いていますね」

 「心臓マッサージをまだ続けますか」

 ときに支援員は家族同様の確認を医師から求められる。

 きずなの会本部は名古屋市内のオフィスビルにある。

 かすかに線香の香りが漂う。奥にある木製の棚に、会員の遺骨を納めた15センチ大の骨つぼが並ぶ。その数、58柱。大みそかに亡くなった男性の遺骨も今月5日、この棚に安置された。年2回の納骨式で永代供養墓に移す。

 「家族代わりに生涯、あなたを支えます」というのが会の看板だ。費用は180万円。第三者の弁護士法人に一括して預け、利用のたびに精算する。通院介助なら1時間2100円が引き落とされる。

 会員は全国に2400人。昨年だけで600人増えた。「40代で契約できますか」「独り身で不安」。相談は毎月200件に達する。

 家族の代わりに、NPOや業者が支えるサービスが名古屋を中心に広がっている。身元保証から生活援助、お葬式まで。血縁や地縁に頼れぬ「孤族」の国で、新たな命綱になるのだろうか。(清川卓史)

■肌身離さぬ一枚の「家族」

 6畳一間の木造アパート。名古屋市内に1人で暮らす女性(79)が、財布に入れて大切に持ち歩くものが二つ。

 ひとつは、若き日の美しい母の写真。すり切れた四隅をテープで補修してある。もうひとつは、名刺ほどの大きさの1枚のカードだ。

 赤い文字で電話番号。「24時間・365日受付」「緊急の場合ご連絡ください」と書かれている。身元引受人となっている「きずなの会」の緊急連絡カードだ。

 急病やケガのとき、支援員が駆けつけてくれる。深夜早朝を問わず出動する「緊急支援」サービスの料金は1回1万500円。

 「独りぼっちですから、他に頼るところはない。肌身から離したことはありません」

 地元の駅近くの料理店で70歳近くまで働き、生涯独身を通してきた。決まりかけた縁談もあったが、がんを患う母親をおいて結婚に踏み切ることはできなかった。

 「1人でいい、と心に決めて頑張ってきた。でも年をとると、1人は大変ね……」

 ケアハウスに入居する際に身元保証人が必要で、7年前に入会。昨年末、再びアパートに移ったときには、部屋の下見から引っ越し業者の手配まで、会が世話をしてくれた。1時間1050円かかる「一般支援」の一環だ。

 年明けの6日、寒さで体調を崩し、思わず担当支援員の携帯電話を鳴らした。「あまりに心細かったので、『お医者に行きます』と電話してしまった。昔はこんな性格じゃなかったのだけど」

 会の意思確認書で、延命治療は「希望しない」にマルをした。「最後に呼んでほしい人」の欄は空白のままだ。

 「最期のことも、お任せしてます。他人に迷惑をかけなければ、それでいい」

■行政のすき間埋める 増える事業者、期待と不安と

 家族に代わって高齢者の身元保証などを請け負う事業者は、名古屋で確認できただけで8団体。次第に存在感を増し、医療や行政の現場にも浸透しつつある。

 10年前に発足し、昨年、公益財団法人となった「日本ライフ協会」。東京・恵比寿の本部を、埼玉県越谷市の高齢介護課職員3人が訪れたのは、昨年11月のことだ。

 「支援内容について説明をうかがいたい」

 福祉の最前線で、お年寄りの身元保証や医療行為の同意が課題として浮上。協会の事業を調べにやってきた。「サービスを望む市民がいれば、今後は情報提供していきたい」と担当者。協会の関西統括本部(大阪市)にも、近畿の自治体から相談が月に数件寄せられるという。

 名古屋市のある区役所の職員は「一人暮らしや身寄りのない高齢者が増えすぎて、とても行政だけでは支えきれない」と言い切る。

 悪質商法の被害にあい満足な食事もできていない人。体調を崩しているのに保険証すらない人――。本人の代わりにお金の管理などができる成年後見制度はあるが、対象になるかどうか、すぐ判断できない人もいる。時間もない場合、信頼できるNPOに協力を求めることは実際ある。

 「行政は保証人になれないし、代わって医療費を支払うこともできない。NPOに行政のすき間を埋めてもらえれば、素早く対処できる」

 課題は、サービスの質が見えにくいことだ。適正な料金がいくらかもわかりにくい。悪質業者が交じっていたとしても、見分けるのは難しい。

 東京都の足立区社会福祉協議会は05年春から、家族代行業に近い「高齢者あんしん生活支援事業」を独自にスタートさせた。訪問見守り、金銭管理、入院時の保証人に近い支援などだ。信頼性は高いが、遺言作成など手続きに時間がかかることもあり、利用は35件にとどまる。

 担当者は「この件数でも支援は大変。一般論だが、全国展開して会員を大幅に増やして、本当にきちんと支援できるのか」といぶかる。

 心身が弱ったお年寄りは、親身な人に頼りがちだ。「だから悪質業者の被害にもあいやすい。第三者の目が入らないと危ないと思う」

■低所得者の依頼に苦慮 

 サービスを利用できるのは料金を払える人に限られる。いま多くの事業者が苦慮しているのが、生活に困窮した高齢者からの依頼だ。

 身寄りもお墓もない会員の亡きがらは、事業者の手配で火葬場に運ばれる。「半数はお骨を拾っていない」。ある事業者が打ち明けた。

 「焼骨はご処分下さるよう」と書かれた定型の申請書にサイン。火葬が済んだお骨は、斎場側の粉砕処分に任せているという。

 この業者の場合、納骨支援は「オプション契約」。骨を拾えば、お寺に納める費用や人件費で約10万円かかり、追加で支払う必要がでてくる。

 「ご本人に蓄えがなく、親類からも『骨は拾わないでいい』と言われたら、どうするか。うちが負担するわけにはいかない」と担当者。

 一方で、福祉的対応をとる団体もある。900人を超す会員がいる日本ライフ協会は、生活保護受給者向けプランを用意。通常は契約時に163万円を一括で預けてもらうが、これを3万円に抑え、残りは毎月1万円を支払ってもらう。

 未納があっても葬儀、納骨まで支援する。ただ、会の持ち出しが相次いだこともあり、生活保護受給者の割合は新規契約の15%以内とし、超えれば抽選にしている。事務局長の濱田健士さんは「とても全ての申し込みは受けられない」と言う。

 きずなの会は、01年のサービス開始当初は85万円だった契約時の預託金を2倍余に引き上げた。生活支援などサービス範囲を広げたためだ。

 一方、一括払いが難しい人には月5千円からの分割払いを認める。低所得層は会員の半数に達し、実際は未納のまま亡くなるケースが大半。不足分は、他の会員や相続人からの寄付金などを取り崩して対応しているという。

 地元の病院に勤める医療ソーシャルワーカーは危機感を強める。「借金があったりして身元保証業者との契約を断られるお年寄りもいる。今後、深刻な問題になっていくだろう」(清川卓史)

■「家族に頼れない」37% 朝日新聞社世論調査

 病気になったり年をとったりして誰かの手助けが必要になったとき、家族や親類に頼れるか――。朝日新聞社が15、16日に実施した全国世論調査(電話)で、37%の人が「頼れない」と答えた。「頼れる」は57%だった。

 「頼れない」と答えたのは男性33%、女性40%。「頼れない」と答えた人に理由を四つの選択肢から選んでもらったところ、「迷惑をかけたくないから」が72%で突出し、「遠くに住んでいたり、高齢だったりする」が17%、「頼み事ができる関係ではない」が6%だった。手助けが必要となった際に他人や業者に頼ることに「抵抗を感じるか」という質問には「感じない」が53%で半数を超え、「感じる」の40%を上回った。

 背景には、結婚しない人や離婚が増えて単身世帯が急増している現実がある。国立社会保障・人口問題研究所によると、単身世帯は2005年時点で全世帯の3割。それが30年には4割近くまで上昇する見通しだ。

 近くに家族がいれば何とかなるかもしれないが、総務省が08年に行った調査でさえ、高齢単身者の4割以上が子どもが片道1時間以上離れた場所に住んでいるか、子ども自体がいないと答えた。


 行政も財政難の壁に突き当たっている。「介護の社会化」を掲げてスタートした介護保険の費用は、今年度には7兆9千億円と10年で倍以上に跳ね上がった。掃除や洗濯などの生活援助を、軽度の人の場合は保険からはずそうという議論さえ起きている。

 「旧来の家族像は、高度成長のもと、男性の終身雇用を前提として築き上げられた」と北海道大学の宮本太郎教授(福祉政策論)。「この前提が崩れると案外にもろいものだ」と指摘している。(高橋健次郎)

■身内の役割、今はビジネス

 親の介護も子の世話も、先祖の供養までも、かつては多くの家族が当然のこととして担っていた。しかし単身世帯が増えた今、いざというときですら家族や親類に「頼れない」と感じている人が、4割に達する。家族の姿は大きく様変わりしている。

 いま私たちが生きているのは、地域社会の絆も薄れ、家族の中でさえ孤立しがちな「孤族」の国だ。とりわけ高齢化や貧困、失職により孤立のわなに足をとられる男性の姿を、連載の第1部で報じた。

 今回焦点をあてるのは、NPOや民間の「家族代行業」とも呼ぶべき新しいサービスの登場だ。親と離れて暮らす子ども世代に、「親孝行になる」と実家のお掃除パックを売り込む業界。塾通いに子どもだけで乗車できる子育てタクシー。昔なら身内に任せていたような役割が、今はビジネスになる。

 ゆりかごから墓場まで、誰かに家族の代わりを務めてもらわなければ、うまく生きていけない。日本はそんな時代に入ろうとしている。

 ただ、一歩道を踏み外せば利用者が不利益を被りかねない危うさもある。家族の働きが小さくなった分の空白を、誰が、どうやって埋めていけばいいのか。家族に代わって日々の生活を支えてくれる、新しい仕組みを第2部でみる。