重い役割 なり手不足/静岡
2011年01月16日 朝日新聞
生活に困っている人らの相談に乗り、介護や生活保護といった行政サービスとの橋渡し役となる民生委員。一人暮らしの高齢者が増える中、地域の「見守り役」が果たす役割は重いが、なり手不足が解消されない。昨年12月には、3年に1度の改選が全国一斉に行われたが、県内35市町のうち29市町で定員を割り込む結果となった。(山田知英)
1月初旬の朝、島田市民生委員・児童委員協議会の会長を務める小沢幸弘さん(72)は、同い年の男性の家を訪ねた。男性は2年半前、脳出血で倒れて左半身まひになり、車いすの生活を送っている。
「どうだね、お父さんは」。小沢さんの呼びかけに、妻(71)は「午前2時ごろからずっと起きちゃって。私も寝られなかったのよ」。しばらく介護の苦労話に耳を傾けた後、小沢さんは「年金だけでは大変でしょう。介護保険で施設の利用もできるよ」とアドバイスした。
続いて、一人暮らしのおばあさん宅の扉をノックしたが、応答はなかった。牛乳箱に配達された牛乳が取り込まれていることを確認し、「また後で電話してみよう」。一人暮らしの高齢者の場合、郵便受けに新聞が入ったままになっていないか、靴や杖が置きっぱなしになっていないかなどに目を配る。
集合住宅で呼び鈴を鳴らすと、若い男性がけげんそうな顔で出てきた。「変わりはないかね」と問いかける小沢さんに、ドアノブに手を掛けたまま「大丈夫だから」。会話は続かず、ドアはすぐに閉められた。「話したがらない若い人も多い。でも困っていないか心配になる」
この日は2時間で20軒ほどを回った。それでも、担当する250世帯500人余のうち1割にも満たない。
■「人を支えたい」
民生委員は、自治会などが地域事情に詳しく、年齢や資質の条件に見合った住民を推薦し、自治体の審査を経て委嘱される。小沢さんが民生委員になったのは27年前。「地域や家族のつながりが希薄な時代に、自分のできる範囲で困っている人を支えてあげたい」と、今も続けている。
県地域福祉課によると、民生委員の6割が退職後の人で、そのほかは自営業者や農林漁業者、主婦、僧侶など。担う役目は高齢者の見守りに始まり、児童虐待の発見、消費者被害の相談、障害者の受け入れなど広範囲に及ぶ。昨年9月、台風9号が小山町を襲った際には、地域の民生委員が高齢者世帯に避難勧告を伝え、一緒に避難する活躍をみせた。
同課は「行政では目が届かないような日常の問題を、初期段階で見つけてくれる。隣人だと近すぎたり、行政だと入れなかったりする家庭の問題に入って助言するなど、その存在は大きい」という。
しかし、昨年12月の改選では、県内6198人の定数に対し、実際に委嘱されたのは5979人。なり手不足の背景には、仕事の幅が広く、増えていることが挙げられている。高齢者や障害者に目配りをし、子どもの泣き声にも耳を澄まさなければならない。相談内容は借金や子育てにも及び、見回りはマンションのオートロックに阻まれる。ようやく会えても、関わりを嫌がられて話を聞くことができないケースもある。
■地道な方策必要
静岡市民生委員・児童委員協議会の和田哲也会長は「何とかしてあげようというボランティア精神がないとできない。やって下さいとお願いするものではないが、なり手を探すことも考えなければいけない」とため息をつく。
民生委員同士の横のつながりを強めたり、負担感を軽減したりするような試みも始まっているが、県地域福祉課の野田康男課長は「なり手を増やす有効な方法はない。民生委員の仕事がいかに貴重かを理解してもらうなど、地道な取り組みが必要」と話している。
◇民生委員 高齢者や障害者、母子家庭など住民の生活状態を把握して相談に応じ、必要な支援を受けられるよう行政や専門機関との橋渡し役を務める。地域の児童や妊産婦を支える児童委員も兼ねる。任期は3年で、特別職の地方公務員扱い。給与はなく、活動に必要な経費として年5万8千円程度が支給される。1人で受け持つ世帯は、国の基準で、人口10万人以上の市が170~360世帯、10万人未満の市が120~280世帯、町が70~200世帯となっている。