地域包括支援センターは今:/下 自治体の意識に差  

2010年11月12日 毎日新聞

◇高齢者把握へ情報共有/独自予算上乗せも

 東京都に隣接するベッドタウン埼玉県和光市は、65歳以上の高齢者ほぼ全員の健康状態や食生活などのデータをそろえた介護予防マネジメントシステムがあり、市内4カ所の地域包括支援センターと情報を共有している。センター職員は高齢者宅への訪問などにデータを活用し、効果を上げている。他の自治体からの視察も多く、国は同市を参考に10年度から、57自治体で高齢者把握のモデル事業を始めた。10月のある日、同市の地域包括支援センター職員、安達淑恵さん(40)に同行した。

 「以前は、死ぬことばかり考えていました」。最初に訪問した、一戸建てに1人暮らしの女性(89)はそう話した。しかし、表情はとても明るい。

 安達さんが女性の自宅を初めて訪問したのは2年前にさかのぼる。市外に住む女性の娘が「母の足腰が弱って、ごみが捨てられない」と市役所を訪れたことがきっかけだった。市から連絡を受けた安達さんはパソコン上で女性のデータを確認した上で訪問した。

 ごみがたまった部屋で、娘に付き添われた女性から話を聞いたところ、「尿失禁に悩んで、ずっと外に出られなかった」と告白した。外出がおっくうになったことで、足腰も弱くなってしまったようだ。「どうして話してくれなかったの」と女性の娘は驚き、2人で泣き崩れたという。その後、安達さんは女性を体操など介護予防事業に誘い、今では坂道を上った先のごみ集積所にも通えるようになった。安達さんが紹介したヘルパーが週1回通うなどで、自宅もきれいになった。「かかわった方とは一生のお付き合いです」と安達さんは話す。

 この日は1人暮らしの認知症の女性や、糖尿病の男性を自宅に訪ねたほか、デイサービスの施設に通う男性の様子も見て回った。訪問した高齢者の現状を、安達さんは市の介護予防マネジメントシステムに追加する。記録は市の担当者と市内のセンターの職員がパソコンで見ることができる。このため、別の職員もこの日訪ねた人たちの最新の状態を知ることができる。

 記録的な暑さとなった今夏、安達さんは同じセンターの職員と手分けをして、担当地域の独居高齢者に電話をかけ、熱中症の予防を呼びかけた。電話で体調が悪いと分かった高齢者宅には訪問して、介護サービスを勧めるなどの対応をとった。こうした活動が迅速にできるのは、介護予防マネジメントシステムがあるからだ。住民基本台帳と連動した同システムは、和光市が05年度から始めた事業で、65歳以上の高齢者全員に毎年行っている心身の健康状態や食生活の実態調査に基づいている。

 安達さんが介護予防のプラン作成や、定期訪問でかかわる高齢者は現在100人を超える。台帳を参考に、時々電話して様子を確認する人を含めると数百人になる。

 また、地域包括支援センターの存在が周知されるにつれて相談は増え続けており、内容は多岐にわたる。借金や病気、障害に関する相談など、介護だけでは解決できないケースも飛び込んでくる。生活保護や障害者にかかわる案件では、市の担当課と連携する。高齢者や家族とともに、医者や弁護士を訪れることもある。「私たちにはここまでしかできない、とは言えない。すべてセンターで抱え込まないように連携体制をとっていきたい」と安達さんは語る。

 河合克義・明治学院大教授は「センターの活動内容は、理念としては福祉の幅広い領域を含んでいる。しかし高齢者の孤独死や所在不明高齢者問題などは深刻で、十分機能しているとはいえない」と話す。

 昨年、関西地区560のセンターに調査(回答数167)を行った小川栄二・立命館大教授は「自治体からの委託費は保健師など専門職3人で平均1500万円。ベテラン職員を置く人件費としては足りない。対象となる高齢者の数に比べ職員数は少なく、職員は熱意を持って仕事をしているのに、やれるところまでしか手が出せないのが現状」と指摘する。地域包括支援センターの活動には、介護保険の地域支援事業費があてられているが、独自予算を上乗せする自治体もあり、自治体間で活動内容は大きく異なっている。「どのように人材を養成し、財源を確保していくのか。自治体の考えが問われている」(小川教授)といえる。【有田浩子】