地域包括支援センターは今:/中 虐待の把握、難しく 

2010年11月11日 毎日新聞

◇身内かばう高齢者 情報生かせず死亡事件も

 地域包括支援センターは高齢者虐待の通報窓口にもなっている。通報があれば自治体などと協力して対策をとる。虐待は介護で疲れ切った家族によって行われることがあるが、身内をかばって高齢者本人がSOSを出すことは少なく、発見は容易ではない。大阪府内で今年8月に起きた2件の高齢者死亡事件の現場を歩くと、センターが抱える苦悩が浮かび上った。

 約1300世帯が暮らす大阪府寝屋川市の団地で8月25日夜、景由綾子さん(当時86歳)が3階の自宅窓から転落し、搬送先の病院で死亡した。長男が「母親を殴った」と話したため逮捕され、長男の妻も数日後に逮捕された。2人は、綾子さんに日常的に暴力を振るっていたという。

 「家からドスンという音や悲鳴が聞こえる」。地域を担当する東北地域包括支援センターに、綾子さんの家庭に問題がありそうだと民生委員から連絡が入ったのは、事件3カ月前の5月中旬。市の指示を受けながら、センター職員は実態把握に努めた。

 7月7日、センター職員は綾子さんから直接、息子夫婦から暴力を受けていたことを聞く。それまでに4度会っていたが、顔のあざやひっかき傷を「自分でやった」と話していたという。同9日、市と同センターは会議で、綾子さんに対する虐待を認定するが、介護施設などに移して保護することは見送った。「本人におびえた様子がなかった」(寝屋川市)ことなどから緊急性は低いと判断した。

 センターの職員は同15日、長男に介護保険によるデイサービスの利用を勧め、長男も「母がそれでいいなら」と同意した。介護の苦労を少しでも和らげることが目的だった。しかし、それ以降、綾子さんとは接触できなくなり、事件は起きた。

 警察の調べに長男は「今年1月ごろから、母親の認知症がひどくなった」と話しているというが、市やセンターはそこまで把握していなかった。毎日新聞の調べでは、今年5月末、団地の広場付近で住人が長男に足げりされる綾子さんを見ている。

 センターの職員は「この件は、市が一括して説明することになっている。何も話せない」と口を閉ざす。市は「もっと幅広く情報を集めるように指示すべきだった」と反省を口にした。ただ、センターなどが虐待の有無を調査する場合、「あの家庭は虐待があるらしい」などの風評がたつ恐れがあるため、誰にでも話が聞けるわけではないという。

 高齢者虐待の大半は家庭内で起きており、全国で毎年20人以上が死亡している。寝屋川市では09年度、高齢者の虐待に関して58件通報があり、24件で虐待を確認。うち11件で高齢者を介護施設などに移して保護した。

 大阪府大東市の松本国世さん(当時76歳)は長男=傷害罪で起訴=から暴行を受け、8月30日に死亡した。国世さんは長男と2人暮らしで、近所との付き合いがほとんどなく、住民も虐待を受けていることを知らなかった。しかし、起訴状によると長男は半年前ごろから、ほぼ連日、殴ったりつねったりしていた。国世さんは2年前から認知症だった。

 地域を担当していた東部地域包括支援センターの管理者、梶山登美子・主任ケアマネジャーは「近所の人や民生委員からの情報はなかった。申し訳ないが私たちも訪問したことがなかった」と残念そうに唇をかんだ。

 東京都内のセンターの職員は「老人会や民生委員を回っているときに入る、虐待かもしれないという情報をフォローしている。介護予防のプラン作りなどで忙しく、自分で問題を発見できるほど余裕はない」と語る。関係者と連携しながらの、虐待の情報が集まりやすいネットワークの構築が不可欠だ。

 高齢者虐待に詳しい井上計雄弁護士は「センターの判断が不十分な場合もあれば、自治体が高齢者の保護などの権限行使に戸惑う場合もある。センターを生かすためにも、弁護士や社会福祉士などの助言を早めに受けたほうがいい」と、専門家との連携も重要だと指摘する。【有田浩子】