'10記者リポート:虐待、孤独死の防止 小さな地域で連携を /石川
2010年11月01日 毎日新聞
◇課題は“おせっかい”の理解
虐待や孤独死を防ぐには「おせっかい」の復活しかない--。そう信じた金沢市の市民が9月、近所を巡回する「おせっかい隊」を発足させた。それから2カ月。近所付き合いが希薄な昨今、さぞうるさがられているのではと心配したが、住民からは好評だとか。まさに「コロンブスの卵」。隊長の平寿彦さん(63)はますます手応えを感じている。同時に課題も見えてきた。隊の活動を追った。【宮本翔平】
◆隊員は地域の顔
「こんちはー。体はどうかね」。平さんが団地を回って呼びかけると、1人暮らしが長い80代のおばあさんがうれしそうに応えた。「大丈夫や」。それから30分ほどの会話が続く。
今年の2月から1人暮らしする団地の森重恵美子さん(74)は「気にかけてくれる人がいると安心。テレビを見て笑うことはできますが、会話で笑える方が楽しい」。
新聞販売店の従業員、運送会社員、電器店員……。おせっかい隊の隊員は仕事柄、普段からよく一般家庭を訪問している「地域の顔」で構成。仕事を通じて子どもや高齢者の異常に気付いた場合、すぐに調査し、問題があれば行政へ報告する。
見回りの対象は同市の木越団地の約850世帯。独居高齢者の自宅も月10件ほど訪れる。高齢者に何かあったときのため、連絡先を教えている。
◆きっかけは大阪の幼児虐待事件
今年7月、大阪市西区のマンションで幼児2人が放置され死亡した。この事件では、壁を隔てて異常に気付いた人が市に通報していた。だが、誰も一歩中へ踏み出せなかった。
平さんが注目したのはこの点だ。「もう一歩」が明暗を分けるなら、積極的に近所を巡回して見回る活動が事件の防止になるはず。そう確信し、隊を立ち上げた。「行政はプライバシーや個人情報という壁を超えられない。民間人の私は自己責任で踏み込める」と話す。
同様の見回り活動は経験済み。大阪教育大付属池田小で01年にあった連続児童殺傷事件に衝撃を受け、団地内の小学校で常駐監視などの防犯活動をする「大浦小スクールサポート隊」を作った。こちらは全国に広がり定着。平さん自身、現在も活動を継続している。
◆どこまでOK?
ただ、小学校での見守りと異なり、今回は一般家庭に踏み込むことを想定している。「おせっかい」は、どこまで許されるのかという課題が残る。
9月、隊の発足を報道で知った市内の70代女性から平さんに相談があった。虐待が疑われるケースだ。
隣に住む2人の子供が夏ごろから徐々にやせ細っていくのに気付いた。子供たちは祖母に養われており、女性は何度かこの祖母を問い詰めた。だが、「ちゃんと食べさせている」の一辺倒。学校や児童相談所にかけ合ったが、「けががない」「学校生活は普通」と、とりつく島もなかったという。
しばらくして、子供たちが家出した。祖母は一切探そうとしなかった。結局、女性が発見し、2人は施設に入った。
女性のこの行動を近所の一部の人は「勝手なことをして」と批判したという。
おせっかいが「勝手なこと」にならないためには「町会など小さな地域がまとまることが大切」と平さん。「住民がまとまり、警察に届け出たり、行政などと連携して、声を大にして活動すること」
◆広がりも
間もなく迎える定年後に自治会長になるという、富山県砺波市の男性から相談を受けた。「地域のために活動を詳しく聞かせてほしい」という。
平さんは「行政では、わずかな人と予算で限界がある。今こそ、向こう三軒両隣の精神をもう一度思い出すべきだ。地域のきずなで地域を守ろうという動きが全国に広がってほしい」と話している。