再生へのシグナル:第1部・壊れる生活/3 都会の団地 限界集落化の恐れ

2010年10月27日 毎日新聞

◇孤独死と隣り合わせ

 関門海峡を眼下に望む北九州市門司区の市営後楽町(こうらくちょう)団地。「バン、バン、バン」。9月26日、夜の静寂を破る異音が響き渡った。2階の風呂場から聞こえるが、部屋は鍵がかかって入れない。隣人の119番で駆けつけた救急隊員がベランダのガラスを割り、浴槽から出られずあえいでいた男性(65)を助け出した。手で浴槽をたたき助けを求めていた。その3日後、男性は再び意識が混濁し、運ばれた病院で息を引き取った。心配した住民が朝見つけていなければ、孤独死していたかもしれない。

 4~5階建ての9棟(222戸)が並ぶ後楽町団地。51年前に入居が始まり、しみの浮き出たコンクリート外壁の中で170世帯が暮らす。北九州市立大の調査によると、入居者の平均年齢は74歳。65歳以上の高齢者が9割を占める「都会の限界集落」だ。

 男性が亡くなる10日前、記者は団地内で男性を取材していた。自室前の通路に置いた椅子に座り、やせ細った左手に500円玉を握りしめていた。労協センター事業団から届く弁当代だった。

 入居は14年前。港で荷役の仕事をしていたが「重い糖みつ袋をかついだ」という面影はない。11年前に糖尿病を患い仕事を辞めた。目はほとんど見えず、手足も自由に動かない。9万円の生活保護を受け、2DK(約30平方メートル)の部屋の家賃は5000円。未婚で両親も他界。唯一の肉親である妹とも連絡を絶っていた。「友達も作らん。寂しくはない。動けんようになったら119番する」と話したが、あの夜、救急車を呼ぶことはできなかった。

 高度成長期、人々は豊かさを求め都会に集まり、各地に団地が建設された。あれから半世紀。多くの団地で入居者が高齢化している。低家賃の公営団地には、年老いた親が「子供に面倒をかけたくない」と同居を拒み、高い民間の借家から移り住むケースも増えた。

 調査をした北九州市立大の楢原真二教授(公共政策論)は「結果的に高齢者の収容所みたいになっている」と指摘する。一方で行政、地域とも独居老人を支えるシステムが追いついていない。核家族化、少子化が進み、07年1月に65歳以上が21%以上を占める超高齢社会に入った。「このままでは都会のどこにでも限界集落は生まれる。団地は日本の未来を映し出している」

 後楽町団地では06年に死後4カ月を経て見つかった56歳男性の孤独死を機に、一部住民が福祉協力員となり、独居者の見守り活動を始めた。その一人、桝本美洋子さん(68)は言う。「他人とつながりを持とうとするのは勇気がいる。避ける人がいる限り孤独死はなくならない」。だが、その耳にはあの浴槽をたたく音が残る。「あれは彼の『外とつながっていたい』という思いの表れだったのではないでしょうか」

 夜の団地を歩いた。各部屋の明かりがともり、テレビの音も漏れ聞こえる。「みんな好んで一人でいるわけじゃない。本当はつながっていたいはず」。桝本さんの言葉が頭から離れなかった。【三木陽介】=つづく