再生へのシグナル:第1部・壊れる生活/1 都会の団地 限界超えた「認認介護」

2010年10月25日 毎日新聞

◇78歳妻、自転車で迷い高速道に 夫と入所も、費用は年金の倍

 気温3度。昨年12月16日夜、佐賀市の長崎自動車道佐賀大和インター(IC)料金所を高齢の女性が乗る自転車がふらふらと通り過ぎようとした。料金所職員の通報で駆けつけた佐賀県警高速隊員に保護された女性は、「アニーに行く」と答えるだけでそれ以外の言葉は意味不明だった。

 女性は市内に住む鵜池(ういけ)秀代さん(78)と分かった。「アニー」とは自宅から約5km離れたスーパーだった。

 秀代さんは農業を営んでいた夫喜久男さん(79)と一男一女の4人家族。04年に認知症と診断された夫を在宅で介護していた。京都市に住む長女(54)が月1回、福岡市にいる長男(53)が週末にそれぞれ帰省し、遠距離介護で支えていた。

 ところが08年、秀代さんも認知症と分かる。症状は進み、徘徊(はいかい)が始まった。それでも秀代さんは夫を介護した。だが、薬を飲ませようとすると、夫は意思疎通をうまくできないもどかしさからか、秀代さんの首を絞めるような仕草で拒んだ。

 「老老介護」どころか「認認介護」だった。

 「なんで私だけが……」。秀代さんは長女にこぼしながらも「もうだめ」とは言わなかった。長女も「もう少し頑張ってみて」と言い、甘えていた。

 ある日、長女が帰省すると、流し台には茶わんだけが残され、炊飯器の飯は固まっていた。後で分かったが、秀代さんはまともに食べていなかった。そんな時に起きたのが高速道路への進入だった。

 「両親だけの在宅介護は限界」。子供たちは悟った。「父を看るつらさが母の発病につながったのでは……。申し訳なさが消えない」と長女は悔やむ。

 夫婦は今春、それぞれ市内の特別養護老人ホームとグループホームに入った。入所にかかる月々の費用は年金の倍近い計約23万円。蓄えを取り崩さなければ入所はかなわなかった。「今の世の中、金の切れ目が介護の切れ目ですね」と長女。

 「介護の社会化」を理念に介護保険制度が始まって10年。現状は所得に関係なく介護サービス費の1割負担を課し、介護サービスの量に上限を設けている。こうして公費を圧縮するからくりはその後、障害者・児童福祉にも応用されていく。そこでは、貧しくてサービス費を負担できない→サービスが使えない→家族で介護→働けない→お金がない--。こんな理念とは正反対の「悪循環」が待っている。

 10月初め、記者は施設に夫婦を訪ねた。喜久男さんは一言もなく表情も乏しい。秀代さんは同じ話を繰り返しては黙る。唯一「ご主人のお世話、大変だったでしょう」と尋ねた時、「大変だったですよ」と即答した。

 夫婦の自宅から佐賀大和ICまで自転車を走らせた。道に迷わなくても1時間以上かかる。寒い師走の夜、秀代さんは迷い続けた。たどり着けない「アニー」を探して。【夫彰子】=つづく

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 戦後65年。高齢化、人口減少など、かつてない社会のありようが問われる中、日本の復興と繁栄を支えた既存の制度や価値観が疲労し、私たちの暮らしが壊れている。暮らしの再建・再興を目指す各地の取り組みや考え方を、この国の将来を「再生」に導くシグナルとして発信する。第1部では壊れた生活現場から報告する。