絆はなぜ切れた:高齢社会の家族/4 近所同士、合鍵持ち合い

2010年09月23日 毎日新聞

◇独居化進む老朽団地、地域の力で「孤独死ゼロ」へ

 昨年秋、東京23区東部の高層賃貸マンションを訪ねた看護師は、高齢の女性が正面玄関のガラスに直撃し、転倒する場面に遭遇した。看護師は別の高齢者を見回りに来たが、女性の様子がどこかおかしいと感じた。

 話を聞くと、70代で一人暮らし。子はなく、親族は遠方にいるという。看護師は公的な支援を持ちかけた。女性は「大丈夫。必要ありません」と丁寧な口調で拒み続けた。

 ようやく見守り訪問を受け入れたが、部屋の玄関までしか入れてくれない。看護師は訪問を続け、今年になり呼び出し状のような郵便物が届いていることに気づいた。家主の都市再生機構(UR)が裁判所を通じて滞納家賃の支払いを求めており、強制退去に向けた手続きに入っていた。

 差し迫った状況を女性に説明し部屋に入った。ワンルームの室内は郵便物や生ごみでいっぱい。女性は預金先を思い出せず、通帳も見つからない。要介護認定を受けると、認知症で「要介護1」に。事情を聞いたUR側は手続きを取り下げた。

 女性は行政の支援を受け、今は施設で暮らしている。セキュリティーの厳しいマンションで、住民との交流もなかった。看護師と偶然出会わなければ退去させられ、路上で人知れず亡くなっていたかもしれない。

   □


 高度成長期に都市部に建設されたニュータウンや団地群で、残された親世代の高齢化・独居化が進む。孤独死がいち早く問題化した地域では、新たな絆(きずな)も生まれている。

 「孤独死ゼロ作戦」で知られる千葉県松戸市の常盤平団地は、60年の入居開始から今年50年を迎えた。約5400世帯、65歳以上の住民は36.9%(09年4月現在)。自治会は住民のあいさつ運動や民生委員の戸別訪問などを進めている。かかわりを拒む人も少なくないが、自治会長の中沢卓実さん(76)は「バラバラになった家族の絆を、地域の力で補うことはできる」と話す。

 ここで3年前まで民生委員をしていた女性(78)には、忘れられない出来事がある。

 洗濯物をあまり干さず、近所付き合いも少ない男性がいた。高齢者の集会に誘うと「美人がいないから行かない」とかわされた。それでも3、4年通い続けるうちに、少しずつ身の上話をしてくれるようになった。

 胃腸が弱く、あまり食事ができないこと。離婚し、元妻と一人息子が北海道にいること。「死んでも、息子は来てくれないだろうな……」。男性は「何かあった時に使ってほしい」と、女性に自室の合鍵を渡した。その鍵を使う日が来るとは想像もしなかった。

 「ドアをノックしても応答がない」。5年ほど前の春、女性は男性の上階の住民から連絡を受け、胸騒ぎを覚え駆けつけた。部屋に入ると、男性は台所の机に突っ伏して冷たくなっていた。死後1日。82歳だった。

 女性は身の上話で知った情報を警察に伝え、一人息子と連絡がついた。男性の想像に反し、息子は遺体を引き取りにきた。せめてもの救いと思えた。

 そのころ、女性自身も夫を亡くし、一人暮らしになっていた。「40年以上連れ添ったので、喪失感が大きかった」。夫婦で歩いた道を一人で歩けず、ひきこもりがちだった。ある日、玄関のベルが鳴った。「一人にさせないよ。私が面倒を見るから」。長年近所付き合いをしてきた同年代の女友達が、おすそ分けの手料理を持って立っていた。

 女性は友達に合鍵を渡した。「これを持っていて。何かあったら、すぐに見つけてね」。友達も自分の合鍵を託した。

 常盤平団地では、合鍵を持ち合う高齢者グループがあちこちでみられるようになった。「ここなら一人でも安心して暮らせるの」。お守りのように、女性が束ねた鍵をギュッと握った。近く三つめの合鍵が加わるという。【遠藤和行、水戸健一】