絆はなぜ切れた:高齢社会の家族/3 そばにいるのに孤独

2010年09月22日 毎日新聞

◇交流ない2世帯住宅 階下の親の死、1カ月知らず

 深夜、東京のオフィス街にある雑居ビルの一室。電話を切ったとたんに、次の着信音が鳴る。

 「よかった、通じて……。久しぶりに人と話せました」。弱々しい声で語り始める。悩みで眠れない人。自殺をほのめかす人。まずは傾聴し、意見を伝え、不安を和らげ、静かに電話を切る。「おやすみなさい。大丈夫ですからね」

 東京社会福祉士会は12年前から毎晩、高齢者の電話相談(電話03・5215・7350、午後7時半から10時半)を続けている。相談してくる人の7割は一人暮らしだが、同居する家族に気づかれぬように電話してくる人もいる。

 相談員たちは普段働く福祉や医療の現場でも、高齢者の孤独を目の当たりにしている。特に最近目立つのは、外から見えにくい「家庭内独居」だ。

 ある社会福祉士に「デイサービスだけが楽しみ」と言った70代の女性がいた。息子の結婚を機に自宅を2世帯住宅風に改築し、一つ屋根の下に住んでいた。息子家族の居住スペースとは縁側の廊下でつながっているが、途中に仕切りドアが設けられ、鍵を付けられた。解錠は息子の側からしかできず、開けてもらえるのは正月と誕生日、親類が来た時ぐらい。

 女性は「自分の身に何か起きてもどうしようもない。きっと私、孤独死するのでしょうね」と、寂しげに笑ったという。

 同会の中野幸二さん(63)は話す。「子や孫と同居しているのに、家族と分断されている高齢者がいる。その孤独は時として、独り暮らしの孤独よりも深い」

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 すぐそばに住んでいても、さまざまな事情が親子の心の距離を遠くしている。大田区の敬子さん(54)の場合、母の病だ。

 82歳の母が1人で暮らす実家までは、家から自転車で5分。「一人娘だし、離れていると心配。でも同居すれば、うちの家族が壊れてしまう」とため息をつく。

 結婚後しばらくは実家で母と同居していた。子どもが生まれ手狭になり、15年前に新居を建てた。迎え入れる和室を造ったものの、母は「慣れた家がいい」と同居を拒んだ。

 そして数年前、母に認知症の症状が出始めた。2日に1回は近所を徘徊(はいかい)し、保護される。敬子さんはそのたびに呼び出され、迎えに行かねばならない。ついに昨秋、パートを辞めた。

 先日も早朝から大きな音で笛を吹き、近所の人が警察に通報した。駆けつけて笛を取り上げようとして、取っ組み合いになった。近所には「放っておかれて寂しいから問題を起こすんだ」と責められる。しかし子どもたちは母を嫌い、単身赴任中の夫(54)は関心すら示してくれない。「私が面倒を見ているうちは孤独死の心配はない。でももう限界。自分がおかしくなりそうで、早くいなくなってほしい、とつい思ってしまう」

 認知症患者は25年には323万人と推計されている。核家族化が進み、離れて暮らす親の発症に病が進行して気づく人も多い。支援の乏しさから負担は家族にのしかかり、関係が壊れていく。それを本人たちだけで修復するのは難しい。

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 「死後約1カ月たった男性の遺体が見つかった。すぐ来てほしい」。4年ほど前の盛夏、遺品整理会社「キーパーズ」(本社・愛知県刈谷市)社長の吉田太一さん(46)は連絡を受け、愛知県内の公団住宅に向かった。男性は一人暮らしの75歳。依頼主は葬儀社と男性の息子だった。

 公団住宅は古い5階建て。1階で50代ぐらいの息子と落ち合い、父親の部屋がある3階まで階段を上った。腐乱臭は1階まで漂い、階段にもウジ虫がはい出していた。

 部屋の鉄扉を開けたとたん、息子は一歩も動けなくなった。遺体は既に運び出されていたが、奥の和室には敷かれたままの布団が残され、しみ出た体液で人形に黒く変色していた。吉田さんは1人で部屋に入って殺虫剤をまき、外に出た。

 「こっち、こっち」。声がする方を見上げると、息子が4階と3階の踊り場で明るく手を振り「自分の部屋に戻ってました」と謝りながら下りてきた。息子の住まいは父親の部屋の真上だった。

 「終始あっけらかんとし、涙はもちろん、後悔のかけらも見せなかった」と吉田さんは振り返る。「これじゃ、この辺に住めなくなるなあ」とこぼす息子に「もう少しこまめに部屋をのぞいてあげたらよかったですね」と声をかけると、初めて神妙な顔を見せ「私もそう思います」と答えた。

 息子は3年前に離婚して小学生の長男と2人暮らし。夜勤が多い職場で父親と会う機会が少なく、異臭にも気づかなかったという。

 同社では02年の設立以来、年間約1800件の遺品整理を請け負う。その9割が孤独死で、特に最近増えているのが「同居内孤立死」。2世帯住宅や同じマンションに住む親子なのに交流がなく、死後数日たって気づくケースだ。

 しかし吉田さんは「昔に比べて家族の絆(きずな)や親を思う気持ちが薄れたというわけではない」と強調する。「子が親の面倒を最期までみられた時代は遠くなった。社会の仕組みや経済状況など、生活の土台が激変し、今の子世代は自分が生きるのに精いっぱいなのです」

 老後を血縁だけに頼るよりも、地域で「あの人、最近見ないね」と気づいてもらえるような関係を築いたほうがいい。たくさんの孤独死を見つめてきた吉田さんの答えだ。【清水優子、遠藤和行】