絆はなぜ切れた:高齢社会の家族/2 生活、老親の年金頼り

2010年09月21日 毎日新聞

◇中高年で「ひきこもり」/死を隠し不正受給も

 閉ざしたドア越しに、玄関へ向かう父の足音が聞こえる。息子は「散歩か」と思いつつ、部屋から顔を出し「行ってらっしゃい」と言う気はない。父も期待していないのか、「行ってきます」の声はない。

 42歳の男性は、父(80)と2人暮らしの札幌市のマンションにひきこもるようになって7年になる。母は20年以上前に亡くなり、兄は既に自立した。

 大学卒業後、男性はアルバイトを転々とした。郵便局で非常勤職員として働き始め、人間関係で悩んだ末に退職した。

 元公務員の父は昔から厳格だった。運動が得意な兄は可愛がられ、自分はうまく意思疎通できなかった。郵便局を辞めたことを「家族なら分かってくれるかも」と淡い期待を持って伝えた。父は激高した。「人生を台無しにしたな。これからどうやって生活するつもりだ!」。男性は部屋にこもりがちになった。

 自助グループに参加して同じような若者の家を訪問し相談に乗るようになり、今はNPOから月4000円の報酬を得ている。生活費にはとても足りず、蓄えを切り崩す。国民年金保険料は父が老齢年金から払ってくれる。感謝の思いは伝えられないでいる。

 8月下旬、男性は久しぶりに居間で父と向き合った。自分の活動が月刊誌に取り上げられたことを知ってほしかった。社会とつながり、再就職の糸口にしたい。喜んでもらえると思ったが、父の言葉は口調こそ違ったものの、7年前と同じだった。会話は続かず、それぞれの部屋に戻り別々に食事をした。

 家族からは、職場のようには逃げ出せない。「このまま冷え切った関係で終わるしかないのか」と男性は肩を落とす。親亡き後、住む場所も年金もないかもしれない。「今のうちに自立しなければ」と焦るが、40代の定職探しは容易ではない。

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 内閣府は7月、15~39歳のひきこもりが推計69万6000人に上ると公表した。約半数が30代だが、中高年のひきこもりに詳しいNPO法人「レター・ポスト・フレンド相談ネットワーク」(札幌市)の田中敦理事長は「40~50代を加えると、平均年齢はもっと上がるはず」と指摘する。田中理事長によると、中高年のひきこもりは「親が親せきや近所に知られたくないという思いが強く、密室化しやすい」という。親の死後、子が完全に孤立する恐れもある。

 ひきこもりが高齢化する背景には、社会に出てつまずく人の多さがある。国の調査でも「職場になじめなかった」「就職活動がうまくいかなかった」が、ともに20%を超えている。非婚化も進み、老親の年金を頼りに同居するパラサイトシングルが親の死を隠し不正受給する事件も後を絶たない。

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 神戸市北部。有馬温泉に続く私鉄沿いの住宅地に、築およそ20年の市営団地がある。

 08年8月、2階の一室で腐敗した80代男性の遺体が見つかった。同居する無職の息子(58)が1年半前に死亡した父をビニールでくるんで押し入れに隠し、年金362万円を不正に受け取っていた。家賃滞納で退去を迫られ、事実が発覚した。

 死体遺棄と詐欺罪に問われた法廷で、息子は淡々と事実を認めた。検察側は「経済的困窮を恐れ、怠惰な生活を維持したいがために遺体を放置した」と指摘。懲役2年4月の実刑判決が言い渡された。担当弁護士は「家族仲は悪くなく、父親も、職がないなら年金で暮らせばいいと思っていたようだ」と話す。

 団地を訪ねると、同じ棟に息子をよく知る女性(66)がいた。女性によれば、息子は4人家族。父は定年後も団地の役員を務め、住民に信頼されていた。母は病気がちで、弟は婿養子に出た。

 2人の出会いは10年前。女性が清掃のパートを始めた宿泊施設で息子が働いていた。「口数が少ないけれど、私がミスをするとかばってくれました」。息子は女性を「ねえさん」と呼ぶようになり、家に来ては孫の遊び相手をしてくれた。

 だが事件の6年前、息子は突然仕事をやめる。「おやじが骨折して入院し、お袋の世話をしなければならなくなった」と言っていた。「お袋には可愛がってもらった。早く帰って風呂に入れないと」。おっくうがる様子はなかった。

 その後、母は認知症が進み、特別養護老人ホームに入所した。父も寝込みがちになった。父の年金月約20万円から母の入所費用12万円を払い、家賃滞納が始まった。それでも「逮捕直前まで面会に来ては、入所費用を払っていた」とホーム関係者は明かす。

 女性は息子がよく新聞の求人欄を見ていたのを覚えている。「50を過ぎて車の免許もない者に仕事はない」とあきらめ顔だった。

 逮捕後、女性が面会に駆けつけると「おやじに悪いことをした。生活保護の相談に行けばよかった」とうなだれていた。「親しかったのに、生活に困っていたことは、何も言ってくれなかった。これから困った時は誰かに相談してほしい」と女性は願う。還暦が近い息子にも、頼れる家族のない老後が待っている。

 息子は服役し、女性と手紙のやりとりを続けている。刑務所内で介護ヘルパーの資格取得を目指して勉強し、「今度はお年寄りを大事にしたい」とあった。

 事件が起きた2階の一室は、今も空き部屋のままだ。玄関には、父と母と息子の名が並んだ表札が残っていた。そこには、家族が絆(きずな)で結ばれた、穏やかな日々があった。【遠藤和行、水戸健一】