【長寿社会の虚実】第2部 地域・行政の限界(下)「役所が来る必要あるのか」 個人情報使用、どこまで

2010年09月20日 産経新聞

 「こんなに大きな数字が出るとは想像していなかった」。東京都墨田区の浜田将彰窓口課長の言葉だ。

 高齢者の所在不明問題をうけ、各自治体では住民基本台帳や戸籍のチェック作業が始まった。

 墨田区では100歳以上の高齢者のうち、戸籍上「生存」となっていながら、現住所が分からない人が、3128人もいた。同区の全戸籍人口(31万507人)の1%にもなる。

 隣接の江東区、台東区でも3000人以上の所在不明高齢者がいた。全国でも突出した数字とみられる。

 原因は関東大震災(大正12年)と東京大空襲(昭和20年)。「何万人という犠牲者が出たうえに、役所も被害を受けた。混乱の中で、死亡届がされなかった例が多くある」と浜田課長はみている。

 戸籍や住民基本台帳の作成や削除などは、当事者や家族らの申し出によって行われる「申請主義」が原則。行政が職員を派遣するなどして、積極的に所在や生存を確認することは一般的には行われない。

 だからこんなことも。千代田区では、皇居(千代田1番1)に本籍を置く人が「少なくとも99人いる。同一の場所に100人以上が重なることは戸籍管理システムの想定外なので、それ以上は計算できない。実際はもっと多いはず…」(広報担当)。


 この夏、「申請主義」の殻を破り、行政による高齢者確認を真っ先に打ち出したのが杉並区だった。

 生きていれば113歳。「都内最高齢」の古谷ふささんの所在が分からない杉並区。区内に住民登録を持つ100歳以上の247人全員(古谷さんを除く)に、職員約30人が面会を試みた。

 所在は全員確認されたが課題も浮上した。区によると、多くの高齢者や家族は「ごくろうさん」「やっときたか」と協力的だった。

 一方で行政が「プライバシー」や「個人情報」の領域に踏み込むことに、「役所が来る必要があるのか」「ちゃんと面倒みているんだから」といった拒否反応もあった。

 同区高齢者施策課の和久井義久課長は「寝たきりや認知症の高齢者もきっといるはず。役所の職員が『面会を』と突然やってきたら、戸惑う気持ちもわかる」と話す。


 行政による積極的な安否確認をめぐっては、ほかの自治体にも躊(ちゅう)躇(ちょ)がある。

 例えば、自治体には介護保険などの利用履歴情報がある。これらの情報を住民基本台帳とつきあわせれば、高齢者の安否確認に役立つ。

 しかし、「個人情報の目的外使用にあたりはしないか」というためらいがあるのだ。個人情報保護法に詳しい新潟大学の鈴木正朝教授(情報学)は「住民基本台帳のデータを事実に近づける目的で、自治体内で高齢者情報をやり取りすることは目的外使用にならないはず」と指摘する。

 だが、横浜市では当初、「介護保険と住民基本台帳は別々の個人情報だから、つきあわせは目的外使用の恐れがある」という議論があった。99人の所在不明者が見つかった神戸市も、今回は「緊急性がある」として情報を活用したが、今後は「個人情報保護審議会にかけるなどの手続きを踏む」(延原尚司・市高齢福祉課係長)と慎重だ。

 「申請主義」と「行政の積極的関与」。どこに重きを置き、どうバランスを取ったらいいのか。まだ、答えはみえていない。戸籍に限っただけで23万人-。多くの所在不明高齢者がいるという事実だけが残る。

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 企画は豊吉広英、河合龍一、岡島大城、長谷川陽子が担当しました。