【長寿社会の虚実】第2部 地域・行政の限界(上) 「地縁、血縁には頼れない」 センサーが見守る

2010年09月18日 産経新聞

 「生活をまるまる監視するつもりか!」。当初はそんな声が何人からも出た。

 横浜市栄区の公田(くでん)町団地での出来事だ。団地では今年7月、入居者の異変を知らせる「安心センサー」(室内センサー)の実験が始まった。

 居間や風呂場などに取り付けたセンサーが人の動きをとらえ、感知回数を外部へ知らせる。ドアの開閉、照明、テレビリモコンの切り替えにも反応する。

 感知回数は団地入居者でつくるNPO法人のパソコンに表示され、異常があればスタッフが駆け付ける。

 NPOの大野省治理事長(79)は「人が日常の交流の中で安否を見守るのが理想だが限界がある。センサーに補完的役割を果たしてもらう」と語る。

 公田町団地は東京五輪が開かれた昭和39年に入居が始まった。世帯数は1160。当初の居住者は新婚夫婦ら若年層が多かったが、現在は60歳以上が約4割。長寿、高齢化社会を象徴する団地だ。

 「この10年ほどは、毎年2~3人の孤独死が発生している」と大野さん。



 センサーは団地を管理する都市再生機構(UR)が設置を働き掛けた。平成23年度末までに全戸設置の予定だ。URでは「高齢者の単身世帯が全国的に増えており、効果的な見守りの方法を考えていく必要に迫られれている」と説明する。

 各地で発覚した高齢者の安否不明。その中には、孤独死して住民票や戸籍だけが生き続けたケースも散見された。

 国立社会保障・人口問題研究所の推計だと、65歳以上の独り暮らしは17年で387万世帯。20年後に倍近い717万世帯にもなる。

 公田町団地で独りで暮らす無職女性(65)は「異変が起きたらすぐに見付けてもらいたい。別居する子供らが、『親を独り暮らしさせた』と悔やまずに済む」と話す。団地では当初あったプライバシー侵害などを危惧(きぐ)する声は減ったという。

 「高齢者の見守り」をどうするか-。各地で模索が始まっている。新聞配達員や電気、ガス、水道事業者などに高齢者宅で異常があれば知らせてもらうよう協定を結ぶ自治体も多い。

 だが、そんな努力を振り切る勢いで高齢化は進んでいる。全国で毎年2万~3万人いるといわれる孤独死をめぐっては、こんな動きさえもある。



 「事故物件対策」。賃貸住宅のオーナーらの間で話題の言葉だ。「孤独死などの事故物件が確実に増えてきている。このリスクを誰が背負うのか。死活問題だ」。賃貸住宅のオーナー団体「全国賃貸住宅経営協会」の稲本昭二本部事務局長がこぼす。

 発見が遅れ、住民票や戸籍だけが生き続けたような孤独死では、「壁紙をすべて張り替えても死臭は残るので、3カ月~1年は貸せない。周りの部屋の賃料も下げざるを得ない」という。

 高齢者に関する報道が相次いだ8月。少額短期保険業の「アソシア」(東京都千代田区)に500件近い電話が殺到した。同社が10月から発売する、アパートやマンションのオーナー向けに「家賃保証保険」への問い合わせだ。

 「業界初の試み」(同社)というこの保険は、孤独死などが発生した場合に再び貸し出せる状態になるまで、オーナーに最長6カ月分の家賃相当分が支払われる。反響の大きさを同社は、地縁や血縁に頼った見守りや助け合いが難しくなる中で、「高齢者の居住が家主にとって“リスク”となっていることの表れ」とみている。

 稲本事務局長はこう語る。「このままでは独りになったお年寄りは住むところがなくなってしまう。そんな国でいいのでしょうか」

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 相次いで判明した高齢者の所在不明。明日20日は敬老の日。果たして、世界一の長寿社会を支える仕組みや能力を、日本社会は備えているのだろうか。高齢化に向き合う、地域や行政の現状を探った。