【長寿国で何が…】(下)孤立を防ぐには 男性に“名刺症候群”の壁
2010年08月14日 産経新聞
所在不明となっている高齢者の数は、現時点では男女でさほど差はなさそうだ。しかし、厚生労働省のまとめによると、100歳以上の人口は昨年、全国に約4万人で、男性はほぼ7人に1人。仮に不明者が男女同数とすると、不明の危険性は男性が女性よりかなり高い。
介護関係者らはこの点を「さもありなん」と受け止める。男性の高齢者が介護予防や介護サービスを受けたがらないのは、関係者にとって共通の悩みだからだ。
◆根拠なき自信
東京都内の特別養護老人ホームの施設長は「男性は家にこもりがちで、『自宅にヘルパーさんが来るのも嫌』という人も多い。デイサービスに誘っても『妻が一緒でないと行かない』とか、『折り紙は嫌』と言って出てこない」とため息をつく。
人付き合いがないと、外出が億劫(おっくう)になって引きこもり、朝起きてテレビをつけ、一日その前でパジャマで過ごしがち。「『老化はある日突然やってきますよ』と忠告するが、『私は大丈夫』とか『誰にも迷惑をかけていない』などと、男性には根拠のない自信がある」と施設長は漏らす。
こうした「介護予備群」は本来、それだけで見守りの対象。自治体職員や民生委員だけではなく、介護予防や高齢者のよろず相談などにあたる「地域包括支援センター」も把握に努める。ただ、センターの取り組みには自治体間で差があるのが実情だ。
先の施設長は「団塊世代が高齢化すると、所在不明問題はもっと拡大する」と心配する。「世の中は100歳以上の話で盛り上がっているが、80歳以上でも所在不明は多い。特に団塊世代は“名刺症候群”で、名刺がないと人と話ができない。40年もつきあいのなかった地域社会に入っていくのも容易でない。こういう人が外に出ていける施策を打たないと、いずれもっと悲惨な結果になる」と警鐘を鳴らす。
◆民生委員の負担増
地域の福祉向上に努める民生委員の活動も鍵を握る。東京都品川区では、昭和53年から民生委員が高齢世帯を毎月訪問するなど、早くから孤立を防ぐ取り組みを続けてきた。だが対象世帯は年々膨らみ、民生委員の負担が増えているという。
こうした中、品川区では昨年度から町会、自治会の高齢者見守り活動に、上限10万円を助成する制度を始めた。冨岡正明・高齢者福祉課長は「地域社会に、異変に気付く目を持ってほしい」と強調する。(佐藤好美、草下健夫、織田淳嗣が担当しました)
「所在不明」実態に即した処方箋を
池岡義孝 早稲田大学人間科学学術院教授(家族社会学)
相次ぐ高齢者所在不明問題は、まだ全容が分からないながらも、いくつか論点を浮かび上がらせている。
明治5年から戸籍が作られたが、当初は戸籍の記載が居住や生活の実態を反映していた。しかし、その後人口移動が進んで居住の実態を表しにくくなったため、本籍地から離れて暮らす人を「寄留簿(きりゅうぼ)」で把握した。戦後には「住民票」が生活の実態を把握するものとされてきた。
ところが今回の問題で、今度は住民票も実態を語っていないことが分かってきた。住民の委託で地域を運営している以上、自治体はプライバシーの問題とは基本的に切り離して、実態を把握すべきだ。
なぜ実態を反映しなくなったのか。一つには、高齢化が進む中で、自治体や地域社会が独居老人を優先的に気にかける一方で、家族と住んでいるとされる高齢者については「息子夫婦と一緒なら、まあ安心」といった認識から、ノーマークになっていたのでは。
自治体では、住民課と高齢者福祉課などの間の連携が不十分で、実態把握が遅れた恐れもある。両者のデータが連動すれば、事態の改善につながるだろう。
また、古くからの地域社会で高齢者の安否が知られていても、その情報を行政が知らないと今回のようなトラブルは起こる。地域に密着した存在である民生委員が、より活動しやすい状況になることも大切だ。
“家族といる=幸福”と思われがちだが、いつの時代も財産争いや離婚、虐待など、何かあるとトラブルになる。対策にあたっては“家族のつながりを”といった先入観だけで臨むと、対応を誤る。各事例をきちんと調べ、実態に即した処方箋(せん)が求められる。(談)