人間関係なしにIT活用はない―「地域ケア」を考える(5)
2010年08月14日 キャリアブレイン
介護にITをいかに活用すべきか―。IT活用による地域活性化で数々の実績を持つ総務省地域情報化アドバイザーの森本登志男氏は、地域のIT活用の起点はアナログな人間関係や仕組みであると強調する。
―政府は、介護のIT活用で、見守り活動の支援システムや高齢者でも使いやすいIT機器の開発などを目指しています。
IT活用全般に言えることですが、ITに頼り切ることには限界があることを知ってほしい。介護のIT活用における見守り活動の支援システムで言うと、何よりも重要なことは地域コミュニティーの形成です。ITは「道具」と割り切るべきでしょう。独居高齢者など見守りが必要な存在を地域住民で把握し合い、みんなで支え合っていこうとするアナログで血の通ったネットワークがまずそこになければ、ITを有効活用することはできません。
IT活用で感違いしてはならないのは、アナログな仕組みをITが助けるという姿勢です。例えば、見守り活動を実践するアナログな仕組みについて、その人的負荷を軽減したり、人件費が掛かるのならそのコストを削減したり、人の巡回だけでは難しい部分について俊敏性を高めたりだとか、そういう活用法を目指すべきです。
■「ITに慣れて」は無理と思うべき
高齢者向けに限らず、IT機器の使いやすさ自体は追求し続けてほしいですが、高齢者向けのIT機器の開発という考え方には疑問があります。介護のIT活用ということであれば、要介護者当人よりも、要介護者の家族やヘルパー、行政担当者など介護者を取り巻く人たちが使うことを前提に、IT活用を考えた方がいいでしょう。
介護は今以上に今後、介護者のほか医師や看護師、行政や地域住民などさまざまな関係者の連携が必要になってくると聞いています。であれば、介護者の連携を助けるIT活用を目指した方が、実効性が期待できます。わたしの経験上、ITを使う目的が不明確な中で要介護者や独居高齢者に「今からITに慣れてもらおう」ということには大きな困難を伴うと考えます。
■地域の結束促すのは「理想」か「逆境」
―アナログのネットワークは、具体的にどうつくればいいのですか。
アナログのネットワークは、地域住民が結束してコミュニティーを形成することで実現するのであり、それが確実に成立する状況は2つあります。1つは、地域住民が共通して「理想」と感じる目標を掲げられる状況で、もう1つは、地域住民が結束せざるを得ないほど切羽詰まっている状況。要は、地域住民が一枚岩になって攻めか守りに徹する時です。
わたしがアドバイザーとして地域活性化にかかわらせていただいた徳島県上勝町は、過疎と高齢化に悩む山間地でした。人口2000人で高齢化率49.2%。町のにぎわいも産業も消え失せようという逆境の中、葉っぱを料理のつまものとして料亭などにインターネット販売する「彩事業」で起死回生しました。今では、上勝町に滞在しての研修者募集の定員20人に400人が応募してくるほど、世間から注目される地域になりました。
地域住民が結束してコミュニティー化が進む過程では、リーダーの存在が不可欠です。リーダーは地域住民の思惑通りに登場するとは限りませんが、リーダーが地域の明確な目標を示したり、危機感からその打開策を示すことで、アナログなネットワークが形成され、地域は活性化するのです。
■本気の自力活動に「難しい」はない
―上勝町ではどのようにITを活用したのですか。
よく彩事業でのIT利用が報道されますが、高齢の農家がインターネットを介した受発注を行っているような誤った報道も見られます。彩事業の成功にIT利用が有効だったのは、「株式会社いろどり」が彩事業に必要なマーケット情報を、ITを活用して農家に発信したことです。それにより農家側は、そのマーケットの情報を得て、自分たちで考える習慣が付き、さらに生産に向けての意欲を高めることになりました。結果的に、ITは生産者である農家のマーケティング力の向上とその徹底に活用されたというわけです。
上勝町の労働力の主体は高齢者ですが、彼ら彼女らはパソコンを十二分に使いこなします。70歳の高齢者が「ヤフーがグーグルの検索エンジンに切り替えるようだ」などのIT談議をすることも珍しいことではないといいます。マーケティングとは、自分を知り、相手を知ろうとすることで、それがいかに自分の生業に影響を及ぼすのかを知ることです。彩事業の農家では、ITは自分の生業に欠かせない道具となっています。そうなれば、パソコン操作が難しいとかそういうことは、大きな問題ではありません。重要なことは、自分たちのことを真剣に自分たちで何とかしようと論理的に考え、積極的に行動しようとすることなのです。
また、ITを専門とする立場から言えば、ITは陳腐化が早いです。投資は慎重に行い、必要最低限に抑えるべきでしょう。特に、見守り支援システムなどのハードに多額の投資をしても、最新の技術や機器が1年後には陳腐化しているということは珍しいことではないのです。そのシステムから得られる情報を基に、どのような仕組みで機能させるかのアナログな議論がなければなおさらです。高齢者にアナログなネットワークでの居場所と出番を与えるところにこそ、投資すべきでしょう。