【長寿国で何が…】(上)高齢者、地域でどう見守る

2010年08月13日 産経新聞

 1級ホームヘルパーの羽田(はだ)和正さん(75)は6年ほど前、都内で1人暮らしをする認知症の80代女性を担当していた。ごみだらけで荒れ放題の庭を見かねた羽田さんが掃除しようとしたが、同僚から「介護サービスに含まれていない」と止められてしまった。

 女性の息子が横浜市に住んでいるというが、訪れた形跡はない。羽田さんは担当が変わった後も女性の生活を心配し、様子を聞こうと勤務先の介護事業者に後任のヘルパーの連絡先を尋ねた。しかし、個人情報であることを理由に、断られたという。

 「家族の絆(きずな)が薄れたばかりか、人を心配する気持ちが制度や建前に阻(はば)まれる。こんな状況が、もはや当たり前になっている」と羽田さんは嘆いている。


◆北欧では整備

 「家族や近隣の人間関係が希薄になったのに、日本ではそれに代わる見守り機能が整っていない」と指摘するのは、福祉政策に詳しい丸尾直美・尚美(しょうび)学園大学(埼玉県川越市)客員教授。

 福祉国家といわれるスウェーデンでもかつて、家族や近隣のコミュニティーが衰退し、1980年代には高齢者の孤独死が問題化。これを機に、社会保障としての見守りの仕組みが整ったという。「本人が望む限りできるだけ死ぬまで自宅で生活できるようにとの方針から、家屋のバリアフリー化だけでなく、見守りや介護のサービスまでコミュニティー単位で整い、施設と同程度に受けられるようになっている」
 また、イギリスでは「良き隣人制度」と呼ばれる見守りのボランティアが普及しているという。


◆「健康」名目に

 実際には死亡していたり、所在不明となっている100歳以上の高齢者が各地で相次いで判明している。丸尾客員教授は「中には家族による年金の不正受給が疑われる事例もあるなど、未解明の点が多い」としたうえで、「100歳以上ともなれば、介護保険も医療保険もまったく使わないことは考えにくい。(経済的な理由で)サービス利用の自己負担を出費できない事例もあり得るとはいえ、これらの記録が地域レベルで十分生かされてこなかったことも今回の事態を招いている」と指摘する。

 ホームヘルパーの羽田さん自身、家族関係が疎遠になり、兄の死を5年間知らなかったことがあるといい、「高齢者の所在不明は80、90歳と年齢を下げて調べれば、全国で万単位で出てくるのでは」とも。

 解決策の一つとして、丸尾客員教授は介護保険や医療のサービスを利用しない一定年齢以上の高齢者も年1回程度、医師や看護師、介護職が見守りのために訪問する仕組みを提案する。

 現状では、行政の担当者が安否確認のため訪問しても家族が『元気です』といえば、それ以上踏み込めないプライバシー配慮の壁がある。しかし「『ご家族も気付いていない病気があるかもしれません』と、健康のための見守りサービスという名目が立てば訪問しやすいのでは」と丸尾客員教授。

 スウェーデンでは、福祉施設内に町の人が集まれるしゃれたレストランなどコミュニティー拠点がある。市民のクラブ活動も盛んだ。イギリスでも地方によってはパブに高齢者が集まるという。丸尾客員教授は「地域の高齢者が自然に集まる拠点を日本なりに生み出し、孤立を防ぐことも課題だ」と話している。

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 相次いで判明する高齢者の所在不明は、家族すら安否を説明できないケースがあるといった、現代の希薄な人間関係を浮き彫りにしつつある。長寿の国といわれる日本で今、高齢者を取り巻く状況がどうなっているのか、報告する。

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■増え続ける100歳以上 40年後は68万人余に

 日本の総人口が今後減少するとみられる一方で、100歳以上の人口は増加を続け、40年後には68万人あまりに達すると、国立社会保障・人口問題研究所が推計している。

 100歳以上の人口は、昭和38(1963)年には153人で、20年後の58年に1623人、平成10(1998)年には1万人を超え、昨年は4万399人に達した。このうち女性が86.5%を占めている。

 研究所が18年12月にまとめた「日本の将来推計人口」(出生中位・死亡中位)では、29(2017)年には10万人を突破。団塊世代が100歳を超える2050年には68万3000人に達する見込み。同年の総人口は9515万2000人と予測されている。