高齢者 見守るのは「センサー」 団地 空洞化と闘う(上)

2010年06月15日 日本経済新聞

 住民が一斉に高齢に達し、建物の老朽化が進む――。かつてあこがれの住まいとされた団地が半世紀を経て、空洞化にあえいでいる。若い世代がいなくなり、スーパーや商店も撤退。都市で孤立する団地は、少子高齢化に直面する現代の縮図でもある。失われた人の輪を取り戻そうと、闘う人々を追った。

 東京都港区北青山。ビルが立ち並ぶ東京有数の一等地に、静かな団地がある。都営住宅「北青山一丁目アパート」だ。隣は神宮外苑、東宮御所も近い。にぎやかな大通りから団地内に足を踏み入れると人影が少ない、ひっそりとした雰囲気に変わる。総戸数605戸。住民の半数が高齢者で、単身世帯も目立つ。


高齢住民が急増

 「誰も話し相手がいないから、テレビに向かってつぶやいているんだよ」。2階の1DKに住む男性(76)は小さく笑う。独身で兄弟とも連絡をとっていない。脚の具合が悪いため外出は少なく、夕方になると冷凍コロッケを温めて缶チューハイを飲み始める。毎日その繰り返しだ。

 近所付き合いはなく、隣人とたまにあいさつを交わす程度。まともな会話といえば「食料品店で、店員と少しだけ」。地元の高齢者のサークルに呼ばれたが、話が合わず参加しなくなった。でも「話し相手がいらないわけではない」。

 団地は14年前に建て替えられて新しくなったが、昔からの住民の多くは高齢化し、コミュニティーが成り立たなくなってきた。団地に住む介護福祉士の日置むつ子さん(61)は「住民同士のつながりがほとんどない」と嘆く。さらに家族との付き合いがなくなれば、家にこもって孤立してしまう、と不安を感じる。

 日本中で団地の高齢化が急速に進んでいる。全国に約70万戸の賃貸住宅を抱える都市再生機構(UR)によると、1985年、URが扱う物件で65歳以上の高齢者がいる世帯は9%にすぎなかったが、2005年には3割を超えた。単身世帯も増加し05年は11%と全国平均を上回った。「孤独死」は08年度にURの賃貸住宅で613件発生し、5年前の約2倍となった。

 「死んだ後1カ月たってやっと発見される。それでもいいですか」。王子五丁目団地(東京都北区)の自治会副会長の角和子さん(60)は入居してくる高齢者、特に一人暮らしの男性にこう問いかける。多くが真剣に受け止めるという。

 約2200戸あるマンモス団地。5年前、2年間他人との会話がほとんどなかったという70代の男性が、声が出なくなって病院に運ばれた。孤立する高齢者が激増する環境では、あいさつや近所付き合いがいかに大切か。角さんは住民に意識改革を促す。

 この団地にはURが派遣する「生活支援アドバイザー」もいる。孤立防止のため、08年度から16団地に1人ずつ配置した相談員だ。高齢者が登録すれば、アドバイザーが週に1回電話をかけてくる。安否を尋ねるのが目的だが、世間話をして話し込む人もいる。「一人暮らしのお年寄りは、話し相手ができるだけで安心するのです」(角さん)


ドア開閉を感知

 14日、横浜市の公田町団地(1160戸)で「安心センサー」の取り付けが始まった。対象は10戸。外からの監視に加え、新しい「見守り」の実験となる。

 センサーが人の動きやドアの開閉を感知し、テレビや照明の使用状況を把握する。情報は住民らで組織した特定非営利活動法人(NPO法人)「お互いさまねっと公田町団地」の拠点に送られ、反応がなければスタッフが駆けつける。

 各地で広がる見守り活動は一般的には道ばたで声をかけ、洗濯物や郵便物のたまり具合をチェックするものだ。一定の効果が上がっているが、「常に見守られるのは嫌だが、危なくなった時に助けてほしいという人がいる」とお互いさまねっとの専務理事、有友フユミさん(63)は話す。

 見守りや地域とのかかわりを拒む人こそ孤独死の危険性が高い。「センサーが一つの手段になるかもしれない」(有友さん)

 一人暮らしの高齢者の実態に詳しい明治学院大学の河合克義教授は「今は団地で高齢者の孤立が表面化しているが、都心のマンションでも戸建てでも起こりうる問題だ」と指摘する。地道な努力を続ける地域住民に対し、「行政の本格的な対策が必要」と強調する。