特集ワイド:孤独な死、あなたなら?
推計年間2万人超、このうち65歳未満3~4割
2010年04月19日 毎日新聞
後を誰に託すか、考えておくことも
60歳以上の高齢者の4割以上が「孤独死」を身近に感じている--。内閣府の調査で、こんな実態が明らかになった。別の調査では、孤独死の3~4割は65歳未満。かくいう自分も「絶対に孤独死しない」自信はない。その現状を探ってみた。【山寺香】
まっすぐ延びたケヤキ並木の両側に4階建ての白い団地が並ぶ。通りをそれ、建物の谷間に入ると、人影の無い公園ではさびたブランコがぴたりと静止していた。かつては若い母親と子どもであふれた時代もあったという。傍らでは、しだれ桜が咲いていた。
「あの家は、こんな時間になっても洗濯物が干しっぱなし。あっちの家はベランダにごみがたまっている」
千葉県松戸市のUR(都市再生機構)、常盤(ときわ)平(だいら)団地で、民生委員の高山芳子さん(67)が団地の裏側からベランダを仰ぎ見る。
このあとは表側に回り、郵便受けに新聞やチラシがあふれた部屋はないかと目を配る。自治会が展開する「孤独死ゼロ作戦」の一環で、「見守り」と呼ばれる活動だ。
ここでは、2001年に1人暮らしの男性(69)がキッチンで白骨化した遺体で見つかった。死後3年がたっていた。家賃は銀行口座からの自動引き落としになっていたため、貯金が底をつくまで誰も気づかなかった。
住民の間に衝撃が広がり、自治会が中心となって全国に先駆けた孤独死防止活動が始まった。
高度経済成長期に建設された同団地。36.7ヘクタールの敷地に177棟の建物が建ち、総戸数は5381。1960年に入居を開始した。水洗トイレ、ガス風呂などの設備は当時最新で、いわゆるエリートサラリーマンが多く入居した。
当初の入居者は30代以下が約8割を占めたが、09年には65歳以上が36.9%に。急速に高齢化している。
「何か困ったことはないですか?」。高山さんが、庭いじりをしていた女性(74)に声をかける。「実はね」と、女性が話し出す。ちょっとした交流が、高齢者を孤立させないことにつながる。
日本では、一体どれくらいの数の孤独死が起きているのか。孤独死には統一された定義も無く、実態は把握されていない。しかし、部分的なデータから増加傾向にあることが分かる。
URが公表したUR賃貸住宅で発生した孤独死者数は、99年度には207件だったが年々増加し、08年度には613件と約3倍になった。
松戸市が公表する市内の孤独死者数は、03年度の90人から09年度には110人。同市の人口の0.02%に相当し、単純に全国の人口に換算すると、年間約2万5500人が孤独死していると推計される。
阪神大震災の仮設住宅で診療所を開設した額田勲医師は、著書「孤独死 被災地神戸で考える人間の復興」で神戸市などのデータを基に「全国の“独居死”は毎年2万数千人から3万人余り」と推計している。年間3万人を超える自殺者数とほぼ同数だ。
松戸市やURのデータによると、孤独死した人の約7割は男性。また、65歳未満の孤独死も3~4割に上ることが明らかになっている。
高齢者の孤立問題に詳しい明治学院大の河合克義教授(地域福祉論)は「東京や大阪など大都市の中心部は、離島や過疎地と並んで1人暮らしの高齢者が急増している」と指摘する。
河合教授が東京都港区で04年に実施した調査では、1人暮らしの高齢者で緊急時に来てくれる支援者がいない人が15.9%、近所付き合いがあまりない人が42.6%もいた。正月三が日を1人で過ごした人は37.2%--なんだか胸が痛む数字だ。
背景には核家族化や、離婚率、未婚率の上昇がある。仕事中心で生きてきた男性は、定年退職しても地域とのつながりがなく、離婚や妻との死別で孤立しやすい。
常盤平団地では孤立を防ごうと、団地内の商店街の空き店舗を利用して「いきいきサロン」を開設している。室内にはソファやテーブルが置かれ、ボランティアの女性が常駐してコーヒーを出したり話し相手になってくれる。利用料は100円だ。
夕方に訪れると、男性ばかり6人が趣味の将棋の話題で盛り上がっていた。49年間この団地に住む男性(72)は、妻と離婚し子どもは東京に住むため1人暮らし。
「40年以上働いたが、東京にある会社の仲間とのつきあいは退職後2年で途絶えた。ここに来ると話し相手がいるから気持ちが楽になるが、今になって近所の友達が一番大切だと痛感する」と話した。
同団地自治会の中沢卓実会長は「あいさつをしない、近隣と仲良くしない、料理ができない、ごみ出しができない、アルコールをやめない、などの『ないないづくし』の暮らしが、孤独死予備軍を生む」と言う。
かつて団地内で孤独死した人の部屋には、ごみがひざの高さまで積もっていたり、カップラーメンの容器やお酒のパックが散乱しているケースが少なくなかった。
自治会では「ないないづくし」の生活を「あるあるづくし」の生活に変えようと、あいさつ運動や戸別訪問などを進めるが、「誰の世話にもならない」「1人で生きていける」と、周囲とのかかわりを拒む人も中にはいる。
日本女子大の岩田正美教授(社会福祉学)は、周囲に助けを求めず孤独死が多発する背景には「自分が悪いからこうなった」という自己否定の意識があると指摘する。
「例えば、外国のホームレスは『社会が悪いからこうなった』と声を上げるが、日本では社会との関係を絶ち、SOSも出さず、病院にも行かないという自分を抹殺する消極的方向にいってしまいがち。近年の自己責任論の強まりが拍車をかけている」とし、ホームレスや自殺問題と根は同じと指摘する。
一方で「1人暮らしの人が住み慣れた自宅で亡くなったとして、本当に不幸なのでしょうか」という声も聞いた。
第一生命経済研究所の小谷みどり主任研究員だ。小谷さんは「欧米では自立して生きるライフスタイルが定着しているため、孤独死が騒がれることはない。日本には、家族に見守られて死ぬのが幸せという家族偏重主義がある」と分析。
「孤独死の背景には孤独な生がある。生きているうちに、自分はどう死にたいか、死んだ後を誰に託すのかを考えておく必要がある」
しだれ桜のように美しく散ることは人にはできない。ではどうするか--。